天草の石橋

天草の石橋2 天草3 天草4


2006/03/27、天草は苓北町以外の市や町が合併し、天草市となりました。

 天草と言えば、青い海とキリシタン遺跡と海の幸・・・等のイメージですが、国の重要文化財に指定された古い石橋も残っております。天草の石を使って、天草の石工たちが架設していったもので、天草が誇る貴重な文化財ではないでしょうか。本渡市下浦町「石場」地区、その地名の由来、まさに石にまつわる歴史と伝統の名残とのことです。下浦石工の祖は、宝暦10年(1760)頃、元肥前国白石の藩士松村五郎左右衛門が下浦で石工技術を伝えたのが始まりといわれています。以下、旧本渡市内にある石橋を紹介します。写真はいずれも、平成10年12月23日撮影。


 
祇園(ぎおん)橋 
天草市船之尾町 天保3年(1832)
石工:下浦村の石屋辰右衛門
橋長:28.6m 橋幅:3,33m
アーチではなく桁橋で、天草で最も古い石橋。桁橋としては国内でも最大級の石橋で、八坂神社の前にあることから、「ギオンバシ」と。平成9年12月12日国指定重要文化財
楠浦(くすうら)の眼鏡橋
天草市楠浦町 明治11年(1878)
石工:下浦の松次、内田の紋次
橋長:17.6m 橋幅:3,7m
周囲の田園風景になじみ、天草で一番美しい橋と言う。近くに神社があり、祭礼の行列が通る。
施無畏(せむい)橋
天草市本渡町 明治15年(1882)
石工:大塚光治、錦戸才松、三山織平
橋長:23.0m 橋幅:3,3m
明治4年に最初の橋が出来、崩壊のため再建。河川改修での撤去計画を地区住民らの陳情により撤回された経緯もあるとのこと。
市ノ瀬(いちのせ)橋
天草市下河内下向 明治24年(1891)頃
石工:大塚光治ほか3名
橋長:23.6m 橋幅:4,5m
架橋は明治15年だが、19年7月の洪水で倒壊、その後再建。北側に新道(県道44号線)と新橋があるが、こちらも車が通る。広瀬川の清流と周囲の緑がすばらしい。
 

 旧本渡市外にも、旧河浦町(轟橋)、苓北町(寺橋)、旧五和町(馬場の石橋)、旧牛深市(寺橋)などが残っており、それぞれ天草独自の石橋文化を残しております。
 なお、今回の石橋巡りでは、石橋の場所が解らなくて尋ね歩いたのだが、親切にも車で先導していただいたり、知っている方を連れてきていただいたり、何人もの方々のお世話になりました。旧本渡市歴史資料館では資料を紹介していただきました。人情味豊かな風土がこれらの石橋を守り続けているのだと、実感した旅でも。みなさまに感謝いたします。

最終更新:2006/03/28
<制作>熊本国府高等学校パソコン同好会

 
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