宇土の石橋1

宇土市の石橋を紹介します。宇土の石橋2へ(地図あり)
市役所近くの「船場橋」以外はすべて県道58号線網津川添いに。
 


 
船場(せんば)橋
宇土市船場町 架橋 文久3年(1863)頃
橋長:13.3m 橋幅:3.6 径間:10
宇土市の中心部の船場川に架かるきれいな橋で、脇には江戸時代の水道「轟水道」の末端の井戸もあり、周囲の環境も抜群である。肥後の石橋でも特有な赤味がかった石は網津川流域の馬門石である。
馬門(まかど)橋
宇土市網津町 架橋年等不明
橋長:5.5m 橋幅:2.5
付近で産出の赤味がかった馬門石で造られている。
網津川の支流に架かる石橋で、上部は舗装されており、すぐ横の網津川本流には同名のコンクリート製の新しい橋がある。
 
中原(なかはら)橋(タカフネ?橋)
宇土市網引町
橋長:5 橋幅:2.4
網引町への旧県道58号線に、拡幅され車も通る現役の橋。上部はコンクリートで覆われ、道路からは眼鏡橋とは気付かない。
平原(ひらばる)橋
宇土市網津町(あじさいの湯東方)
橋長:約4 橋幅:約2
すぐ隣にコンクリートの橋があり、現在は利用されてはいない。
 
網引(あびき)のめがね橋 猪伏(いぶし)?橋 宇土市網引町 橋長:7.3 橋幅:2.8
架橋年等不明、現在は田畑への往来だけに使われているようで、廃道同然のようだが、蔦で覆われた美しいアーチ石橋である。川底から見上げれば、川面と空の青と山の緑とアーチに絡む緑が印象的。網津川に残っている石橋の中では最良か。近所の方に橋名をお聞きしたのですが、「ただ、めがね橋と呼んでいます。良い橋でしょう!」とのことでした。今後、この地域の石橋を紹介する案内板や道路標識等の整備に期待したい。
 
 

 橋名が宇土市教育委員会のパンフレット「宇土馬門石歴史散歩」と異なっていたため、確認します。?を付けている方がパンフレットで、パンフレットが正しいかと思います。(2008/03/24)


 馬門石(まかどいし)とは、宇土市網津町馬門地区で、江戸時代から昭和にかけて採掘されてきた阿蘇溶結凝灰岩です。特にピンク色の色調が特徴で、眼鏡橋以外に水道管、鳥居、石畳などに利用されています。ピンク色以外にも、灰色、黒色もあり、採掘地点で色調が異なります。
 なお最近になって解ったことだが、馬門石が古墳時代にも、古墳の石棺にも利用されていたとのことです。宇土半島周辺でも4箇所、更には九州外の岡山(1)、大阪(2)、奈良(6)、滋賀(1)でも発見されています。右写真は宇土市椿原(つばわら)古墳。写真はパンフレット「宇土市の文化財」より(宇土市教育委員会文化振興課の許可済みです)
 (参考資料:「宇土市歴史散歩クラブの網津歴史散歩」と「宇土市の文化財」)
 ところで、1500年も前に、はるか遠く近畿まで運ばれていった馬門石、いったい何故、どのようにして運搬されたのか、その推理も面白そうですね。

平成13年2月25日撮影 最終更新:2008/03/24

<制作>熊本国府高等学校パソコン同好会

 
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