宇城市豊野町の石橋

宇城市豊野町から美里、矢部へと続く国道218号沿いは石橋探訪ルートです。宇城市松橋町小川町不知火町三角町の石橋もあります。


 
下鶴(しもづる)橋(安見橋)
嘉永元年(1848)
橋長22.7m 幅3.7m
「この橋車通る扁から須」の石碑有り。そのせいか、保存状態も良好! 城南町から豊野に入り、下安見バス停左折。熊本市内から30分で、すばらしい石橋の風景に出会える!御船町にも同名の橋!
山崎(やまさき)橋
天保2年(1831) 
橋長25m 幅3.6m
国道218号線を松橋から豊野村に入り、アグリパークを過ぎた辺りの左手に見える。国道沿いより望むと、せき止められた水面に映る姿も、保存状態もいい。今でも地域の生活になくてはならぬ橋である。
市木(いちき)橋
江戸末期、石工不詳 橋長:18m、幅:2.4m、水門径間:2.8m、水門高:2m、橋床高:5m。平成5年7月復元。数段の石桁を両側から順次迫り出し持ち送りし、その上に長い石桁を渡し構成する珍しい(擬似アーチ式)石橋。類例として山口県に平安橋と案内板に。
三由(みつよせ)橋
文政13年(1830)
石工:岩永三五郎
「三五郎38才、彼の哲学と芸術的価値を備えた出世作の一つ」と案内板、上部はコンクリートで覆われ、横から輪石を見なければ石橋とは気付かない。車も通る現役の橋。
丸林(まるばやし)橋
安政4年(1857)12月7日
橋長15m 幅2.3m 
径間8.6m 拱矢4.3m
石工:今村嘉左エ門外4名
村の中心部から、山間に入った集落に架かるこの橋は、周囲の緑と石橋が実によく調和している。
薩摩渡(さつまわた)し
文政12年(1829) 
石工:嘉八 橋長16.1m 幅3.4m 薩摩往還に架けられ、薩摩藩の大名行列も通ったといわれ、丹精な造りは周囲の田園風景の一部。すぐ隣のコンクリート橋(写真アーチの中)が気になる。
「誉ヶ丘公園」入口の石橋
橋長:約12m(欄干間8.7m) 幅:3.4m 位置:N 32゜38′36″ E 130°44′15″高度:56m 国道218号線沿いアグリパーク豊野西隣の誉ヶ丘公園への入口にある眼鏡橋。欄干はコンクリートで、輪石31列、その輪石の間にもコンクリート、新しい橋ではある。付近の方に聞いたところ、子供の頃にはあった、おばーちゃんが架橋工事に携わったと聞いた、大正から昭和初期ではないか、等々。石匠館の上塚館長は、公園開園時に町内の森下建設が請け負い、昭和30年頃の架橋らしいと。この眼鏡橋、西様からのメールで、その存在を知ることに。ありがとうございました。(撮影:2004/08/22)
鐙ヶ池(あぶみがいけ)の眼鏡橋 宇城市豊野町山崎
橋長:約10m 幅:約2m 径間:約4m 位置:N 32゜38′43″ E 130°44′01″高度:54m
国道218号線を松橋から進むと,誉ヶ丘公園手前の「鐙ヶ池」に架かる橋だったのか,それとも移築されてきたのか,現在は役目を終えている。輪石の様子では新しくはなさそうです。贄田さんから連絡で知ることに,ありがとうございました。(撮影:2009/04/04)
 

 写真は誉ヶ丘以外は1999/05/22撮影(豊野町教育委員会のアドバイスにより、架橋年を一部訂正 2000/12/1)

 豊野町の石橋は、改修・復元工事等により全体的に保存状態もよく、案内板も整備されています。ただ三由橋だけは、上部がコンクリートで覆われ、寂しい気がするのですが、現役で活躍している石橋として、致し方ないのかも。石橋は単なる飾りではないのですから!
 町内には豊野少年自然の家もあり、石橋巡りの1日ハイキングコースを考えるのもいいかも知れません。

最終更新:2009/04/04
<制作>熊本国府高等学校パソコン同好会

 
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