「熊本の歌」参考資料2(おてもやん関係)

 これまでにいただいたお問い合わせメールの中から、おてもやん関係をいくつか紹介させていただきます。部分的に削除や訂正等を入れており、実際のメールとは異なるところもあります。


「デンデラレン」と「おてもやん」について、以下のようなメールをいただきました。

 デンデラレンケンとほぼ同じモチーフの民謡が長崎でデンデロリュウと呼ばれているようですが、歌詞は長崎の方が面白く、恐らく長崎の方が本歌ではないかと思います。

 また、「おてもやん」の歌詞の解説については、以前から不満に感じていることが一つあります。つまり、「春日ボウブラドン達ゃシリヒッピャージ」という歌詞を、普通は「尻を引っ張って」と訳すようですが、それは間違いだと思います。このような訳では、その後の「花盛り」という歌詞との関連も不明確になってしまいます。熊本弁で「シリヒッピャージ」と言えば、それは明らかに「尻をひっぺがして」という意味です。したがって、この歌詞は、小さなカボチャの実がその尻(ヘタの反対側)に萎れて裏返しになったような大きな花をくっつけてコロコロ転がっている様子をユーモラスに表現していると考えるべきだと思います。(2000/06/15)
私の友達の自衛官が、同室だった熊本出身の人に教わった歌では、

 でんでらるーばー出てくるばってん
 でん出られんけん出ーて来んけん
 こん来られんけん来られられんけん
 こーんこん

 という内容でした。楽譜は、音才がないため書けませんが、歌うことはできます。(2001/05/10)

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おてもやんの歌詞の訳を教えてください!
 初めまして。私は千葉県松戸市に住む者で、 現在、高齢者宅配給食の場で働いています。私が九州出身とお話しましたら、 配達している方(男性)が、「おてもやん」の 意味を知っているかと尋ねられました。何となくは解るのですが、細かいところは全く解りません。 図書館などで調べればいいのですが、毎日仕事に追われ その時間が取れません。そこで「おてもやん」を検索したら、 貴校のHPを見つけました。 高齢者宅配給食は限られた配達の時間の中で 短時間でもコミュニケーションを取ることはとても 大切なことです。何とかその方のお役に立てればと 思っています。 どうか、「おてもやん」の訳詞がわかれば お教え願いたいと思います。(2001/08/11)
歌詞とその意味
 おてもやん あんたこの頃嫁人りしたではないかいな
(おてもさん あなたは 最近結婚したんではないんですか?)
 嫁人りしたこたしたぱってん
(はい、結婚したのはしたのですが)
 ご亭どんがぐしゃっぺだるけん まあだ盃ゃせんだった
(ただ、婿殿が天然痘のあとが残っているので、まだ三々九度の杯はしていません。それとも、「婿殿がブ男だから三々九度の杯はしていません」でも)
 村役(むらやく)鳶役(とびやく)肝(きも)入りどん
(村の役付きさんや火消しの頭や仲人さんなど、いろんな世話人の人たちが)
 あん人達のおらすけんで あとはどうなっときゃあなろたい
(そんな人たちがいらっしゃるので、後はうまくとりなしてくれるでしょう)
 川端町(かわばたまち)つぁんきゃあめぐろい
(川端町のほうにまわって歩きましょう。川端町は春日より繁華街に近い地域)
 春日ほうぶらどんたちゃ 尻ひっぴゃーで 花ざかり花ざかり
(当時、春日はかぼちゃの産地。かぼちゃががその尻(ヘタの反対側)に萎れて裏返しになったような大きな花をくっつけてコロコロ転がっている様子。かぼちゃ男たちが裾を引っ張ったりして、私はモテモテです。私の人生は今が花盛り)
 ピーチクパーチクひばりの子 げんばくなすびのいがいがどん
(春にさえずる雲雀の子のような浮かれっぱなしの男や野暮ったいイガグリ男たちは私の趣味ではないよ。「玄白なすび」とは蘭学者杉田玄白が広めた茄子)
 どうも解り難い言葉が多く、うまく表現できたか疑問です。今まで何気なく口ずさんでいた歌詞ですが、意味を考えていくと様々な疑問が次々と浮かんできます。「おても」さんの婿さんは「彦一」さんですが、おてもやんは現代的な活発な女性だったようですね。いろんな人にも尋ねたのですが、皆さん歌詞の意味までは考えたこともないということでした。歌詞そのものも言葉足らずな部分も多く、どう解釈するかは人それぞれなのかも知れませんね。(最終メール:2001/08/20)

明治40年、「五足の靴」で紹介された「おてもやん」の歌詞

 以下、五足の靴「江津湖」(東京二六新聞、明治40年8月29日掲載)の中から、原文のまま紹介します。(なお、「五足の靴」県内関係の原文はこちらにあります)
 一酌の後庭に下りる。庭の後は直ぐ画津湖だ。紅提灯を吊した屋形船が一艘早くから用意が出来て居る。一同乗る。船は湖心に向つて徐ろに進む。四方の岸は薄暗い、静かだ、静かだ、そよとの音も無い。満天の星が澄徹の水にじつと動くこと無く映る。螢がたわたわと飛ぶ。熊本の市内の暑苦しさに比べると全く別世界だ、人々は「あゝ涼しい」と云ふ言葉を忘れて居る。此時其々の二妓は絃を按じて特に肥後の古い土謡を唄ひ出した。今其一二を録さう。括狐の中の文字は舟中諸氏の註解だ。
 おてもやん(人名)あんた此頃嫁入したでは無いかいな。(以上問語、以下答)
 嫁入したこたしたばッてん(したけれど)ごんじやどんが(夫が)ぐぢやッぺぢやるけん(疱面なる故)まあだ盃きせんだッた。
 村役、鳶役(消防夫)肝煎どん、あんふとたちの居らすけんで(彼人達の居られるから)後はどうなッときやあなろたい。(きやあは接頭語。後の始末は何とか成るであらう。以下の語は一転して景物に叙す)
 きやあばたまッさん曲らうたい。(川端街の方へ曲り行かむ)ぼうぶらどんたちや(南瓜どもは)尻ふッぱッて(尻を出して)花ざあかり花ざあかり。

 一つ山越え、も一つ山越えて、わたしゃあんたに惚れとるばい、惚れとるばッてん(けれど)言はれんばい、村の若い衆が張番しとらすけん。(村の若い男が他村の男に我村の娘の子を奪はれまいと警戒して居る故に)
 追々彼岸も近まれば、くまんどん(熊本)の夜ぢよみよんみやありに、(聴聞参り即ち説教参りに)ゆるゆる話ばきやあ為うたい。
 (以下一転して女より男の容貌に焦れず、その男の豪著な風俗意気に感ずる旨を云ふ)男振には惚れんばな、煙草入の銀金具が夫が因縁たい(以下拍子)あかちやか、べッちゃか、ちやかちやかちや。
 いかがですか、今の歌詞と若干違うところもありますが、民謡は人から人へ歌い継がれるもので、少しずつ違っていくのは当然でしょう。与謝野鉄幹や北原白秋等が、地元熊本の新聞記者たちの注解を入れて紹介しているのですから、信頼度は高いのではないかとは思います。なお、「ごんじやどん」とは「権者どん」でしょうか、今では使われなくなった言葉も出ています。当時の歌詞を知る上での貴重な資料ではないでしょうか。(2001/10/01)

おてもやんの歌詞二番・三番は? 
  「おてもやん」は私の好きな唄で、よく聴いています。とてもノリが良く、 日本の民謡の中でもベスト5に入ると思います。ところで、歌詞の意味ですが、一番はHP上に記載がありますが、二番・三番についても是非知りたいと思いますので、お教えいただけないでしょうか。当方埼玉在住で、熊本出身の方の知り合いもおりませんので、どうかお願いします。 
図書館にあった「新熊本市史 別編 第2巻 民俗・文化財」727ページより
  1. おてもやん あんたこの頃 嫁人りしたではないかいな
    嫁人りしたこたぁ したぱってん
    御亭どんの ぐしゃっぺだるけん
    まあだ盃ぁ せんだった
     
  2. 村役鳶役肝入りどん あん人たちのおらすけんで
    後はどうなっと きゃあなろたい
    川端町つぁん きゅあめぐらい
    春日南瓜(ぼうぶら)どん達ぁ 尻ひっぴゃぁで花盛り花盛り
    (囃)ちーちく ちーちく ひばりの子
       げんばくなすびのいがいがどん
     
  3. 一つ山越え も一つ山越え あの山越えて
    私ぁあんたに 惚れとるばい
    惚れとるばッてん 言はれんたい
    おいおい彼岸も 近まれば
    若者衆(わきゃもんしゅう)も 寄らすけん
    熊本(くまんどん)の 夜聴聞詣(よじゃもんみゃ)りに
    ゆるゆる話も きやあしうたい
    男振りには惚れんばな 煙草入の
    銀金具がそれがそもそも 因縁たい
    (囃)あかちゃか べっちゃか ちゃかちゃちゃ
 1.2番の歌詞は本校の歌のページある歌詞とは少々異なります。口伝いの民謡ですから、歌う人によっても異なるのは当然かもしれませんね。なお、囃(はやし)の「ちーちく ちーちく」の部分は、最近では「ピーチク パーチク」と唄われており、1.2番を一緒に一番としている場合が多いようです。また、歌詞によって「の」「が」等の助詞など、部分的な違いもあります。(2002/06/21)

 その後、CD(「民謡の全て」キングレコード KIC 8011-2)には、以下のような「三番」があるとのメールもいただきました。
一つ世の中 艱難辛苦の 荒波越えて
男度胸で おいでなさい
くよくよしたとて しょうがない
いつかは芽も出る 花も咲く
移り気な浮き世の ならいに 
取り越し苦労は おやめなさい
悩みなんぞは こちゃしらぬ
意地と張りの心が それが後生楽たい
あかちゃか べっちゃか ちゃか ちゃか ちゃ
 メールでも「前の部分と内容も違うし説教調で、後から誰かが付け加えたものか」とありました。歌詞も標準語(?)に近く、後で作詞されたようにも思えます。ご存知の方があればお知らせいただければ幸です。

おてもやん情報(様々な資料を参考にまとめてみました)
 おてもやん由来諸説
  1. 「熊本甚句」として花柳界のお座敷歌として発生。
  2. 肥後勤皇党のしのび歌として唄われたもの。おてもやん(肥後勤皇党の面々の影の表現)、くじゃっぺ(孝明天皇は痘瘡で崩御)、煙草入れの銀金具(岩倉具視所有の煙草入れのことか?)
  3. 西南の役の熊本隊の優柔不断をあざわらった町人百姓の歌。おてもやん(旧士族達)、ぼうぶら(町人百姓)
     
 おてもやん難解語解説
おてもやん(肥後女性の通称)、ばってん(けれども)、御亭どん(ご亭主、主人)、ぐじゃっぺ(痘瘡を病んだ後のあばた顔)、村役(村の世話をする役人)、とびやく(鳶役、消防団員もしくはその頭)、肝入り(世話役)、きゃあ(意味を強める接頭語)、げんぱくなすび(玄白茄子、杉田玄白が広めた茄子)、いがいがどん(トゲ、栗のイガ。どんは「殿」か、人につく接尾語、イガを擬人化して使用)、夜聴聞詣(お寺のお説教を夜詣ってきくこと)、因縁(インド伝来のなめし皮の意味の「印伝」が転じたもの)、あかちゃか(あかんべー、あかちゃかべーろ。赤や茶や紅などの化粧の色とも?)

 以下のような、「おてもやん」の関東言葉風訳を送っていただきましたので、紹介します。(埼玉県八木沼様より)
 勝手な解釈による「おてもやん」の関東言葉風訳をしてみ ましたので、ご笑読下されば幸いです。
  1. お女中さん あなた最近お嫁にいったんじゃない?
    お嫁に行ったことは行ったんだけど
    亭主が病み上がりのあばた面で まだ式挙げてないのよ
    村の世話役とか鳶の親方とか 世話好きな人達がいて
    そういう人達がいるから 後のことは何とかなるでしょうけどね
    川端町のほうを廻って行きましょ
    春日カボチャみたいな男達が 調子に乗ってはしゃぎまくってるわよ
    あたし ペラペラ喋る野暮な男や
    風采の上がらない ダサイ男ってキライ
     
  2. あなたは私みたいな女が近寄れないほど
    遠い存在なのかしらん
    あなたが好きよ でも好きだからこそ打ち明けられないの
    お彼岸ももうすぐだから 若い男たちも来るでしょうし
    夜にはお寺へお参りに行って ありがたいお話を聴きましょう
    それまでゆっくりとお話でもしてましょうか
    わたしね 外見だけの男には興味がないの
    タバコ入れの洒落た銀金具がステキとか
    そういうことで好きになったりするのよ
    あら あたしったら・・・ 恥ずかしい!
    アッカンベーのベロベロベー
 というお恥ずかしいものです。最後から2行目は完全に私の創作ですが、こうでもしないと、最後の一行が非常に唐突な感じを受けると思ったものですから・・・。ここは絶対違う!というところにお気付きでしたら、お申し越し下されば幸甚です。(この訳を、あるサークルで披露したいと思っていますので・・・)
 実に面白いと思います。特に最後がいいですね。標準語にすると色っぽさ、優しさというか、熊本弁にはない独特の情緒がありますね。熊本弁は元気がありすぎるのかな?おてもやんや熊本弁研究の新たなテーマにもなりそうですね。なお、おてもやんの由来にも、肥後勤皇党のしのび歌とか、西南の役の熊本隊の優柔不断をあざわらった町人百姓の歌など色々あるとのこと。様々な角度からの解釈も面白そうですね、更なる興味を抱きはじめています。ありがとうございました。(2002/06/27)

おてもやんの歌詞「ダルケン」について
 私は熊本出身で73歳の男性です。今福岡に住んでいます。前から大変気になっていたのですが、おてもやんの詩のなかに、「ごてドンがぐじゃっぺだるけんまーださかずきゃせんだった」とあることです。熊本弁で「だるけん」というかなということです。普通は「だけん(だから)」と言います。とすると「ぐじゃっぺだーけん」のほうが熊本弁らしいし納得もいきます。私どもが子どものころは「だるけん」とは歌いませんでした。いかがでしょうか。


 なるほど、全く同感です。私も普通は、「だけん」と使います。ただ歌詞は、熊本市史をはじめ、ほとんど「だるけん」となっています。明治40年の与謝野鉄幹等の五足の靴には「ぐぢやッぺぢやるけん」とあります。ところが、周囲の何人かに聞いても、話し言葉としては「だけん」と言うようで、「だいけん」(八代方面)もありました。県内にも地域によって様々な用法は残っているようです。
 やっと、元熊大教授の秋山正次先生の著書「熊本の方言」にたどり着きました。「だるけん」とは熊本弁の古い語法だそうです。現代では「ダケン」となるのだが、「ダ」や「ジャガ」が「ケン」や「モン」に続くときは、連体形の「ダル」や「ジャル」からつないで、「ダルケン」、「ジャルモン」などとするのは、室町期以降の古い形だということです。最近まで球磨郡や天草町の一部など、県内各地で老人語として残っていたとのことでした。鹿児島弁の「ジャッド」も関係あるかもしれませんね。
 おてもやんが唄い始められた江戸末期から明治初期に、このような用法がどの程度残っていたのかは解りませんが、古語法特有の優雅さを保つために使われたのでしょうか。しかし、興味深い発見です。当たり前のことですが、方言にも古語があり、微妙な表現に古語を使うのですね。メールをいただくまでは、気付きもしませんでした。お陰で、調べることができ、新たな発見につながりました。貴重なメール、ありがとうございました。(2003/01/27)

「おても」は「お手芋」では?
 突然メールさせていただきます。“おてもやん”については、いろんな説があるようですが、最近読んだ「西村亨:王朝びとの恋」に、つくね芋を意味する“手芋”ではないか、という説がありました。すなわち、野菜尽くしの歌という説でした。この説はご当地では、いかが受け止められるものでしょうか?(山形の方より 2003/11/01)

 「おても」は「お手芋」では?、実に興味ある情報お送りいただき、ありがとうございました。私は「野菜尽くし」説は初めて聞いたのですが、確かに歌詞には南瓜や茄子などの野菜が登場します。思わず「なるほど!」と感心してしまいました。もっと他の人にも聞いてみたいと思います。「王朝びとの恋」も読んでみたいと思います。もう少し調べてみます。「おても」が「お手芋」ではないかという発想、面白いですね。(2003/11/04)

 うちのばあちゃんは玉名の出身で今年102歳になりましたが、おてもやんの歌詞を「さかずきゃあげたがせんだった」ファファファファソソファドレーレーレーと歌います。ばあちゃんによれば、現代語訳は「三三九度は上げたが、やらなかったってことだ」だそうです。結婚式の間は顔を上げられないので、式が終わってから初めて醜おとこだと気づくんだ、とも言ってました。だいぶおてもやんのキャラが激しくなっていますが、こんな歌詞は今の熊本にもあるのでしょうか。我がばあちゃんの創作ってことでしょうか。女学校出のばあちゃんなので女学校文化だとしたら、もう無い歌詞なのかもしれません。(2003年12月10日)
 現在よく唄われている「まあだ盃ゃせんだった」の部分に近い歌詞ですね。その部分の変形かも知れませんね。意味を考えると少々色っぽい歌詞のようにも。玉名出身の年配の先生によると、玉名では結婚式などでよく歌う歌があり、それぞれに様々な替え歌(創作)などがあるとのことでした。そのような歌の一節かも知れないとおっしゃってました。
 民謡は人から人へ歌い継がれるもので、歌詞は次々と変化していきますので、様々な歌詞があっても不思議ではないと思っています。別ページで五木の子守唄の歌詞を100近く集めていますが、その中には似た歌詞(一部だけが違う)もたくさん含まれています。民謡「田原坂」にもたくさんの歌詞(替え歌や他の歌からの転用も)があるようです。明治40年、与謝野鉄幹らの「五足の靴」で記録されている「おてもやん」の歌詞も、現在の歌詞とは少し違っています。残念ながら、手元にある資料では 「さかずきゃあげたがせんだった」を見つけることができませんでした。見つけたら連絡致します。

 関東の方から「おてもやんの踊りを習いたいのだが?」との問い合わせ(2007/02/27)
 関東のほうで踊りを教えてくれる所は解らなかったのですが、熊本市の観光政策課(〒860-8601 熊本市手取本町1-1 電話:096-328-2393)に「民謡おてもやん」と「サンバおてもやん」の踊りのビデオがあるとのことでした。

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最終更新:2007/08/24

制作:熊本国府高等学校パソコン同好会

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