熊本文学散歩


草枕の旅(夏目漱石)

 山路やまみちを登りながら、こう考えた。
 に働けばかどが立つ。じょうさおさせば流される。意地を通せば窮屈きゅうくつだ。兎角とかくに人の世は住みにくい。
 住みにくさがこうじると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいとさとった時、詩が生れて、が出来る。
 人の世を作ったものは神でもなければおにでもない。やはり向う三軒両隣さんげんりょうどなりにちらちらするただの人である。唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

小天温泉の旅を描いた小説「草枕」の冒頭です。
実にリズミカルな言葉で、文庫本を持って歩いてみたくなる気分
金峰山からは小天温泉までは8km程、漱石が歩いた道を辿ってみましょう!

句碑と鳥越の峠の茶屋 熊本市内から金峰山への道、最初に目にする漱石の句碑。漱石来熊100年を記念した新しいもので、鳥越の峠の茶屋の300mほど手前に。
木瓜ぼけ咲くや漱石せつを守るべく
「拙を守る」とは、漱石が好んだ言葉で、生き方の基本としたものという。世渡りが下手なことを自覚し、それをよしとし敢えて拙を曲げぬ愚直な生き方、俗世に媚びて利を追求する事を卑しとする心。現在、最も失われた考えでしょうか。
 鳥越の峠は金峰山の登山ハイキングコースにあるため、訪れる人も多くみられます。この新しい峠の茶屋には付近でとれた農産加工物などが販売されており、また漱石関連の書籍類なども展示されています。
写真は、鳥越の茶屋を下って、追分けを過ぎた「草枕」ハイキングコースの案内です。
家を出て師走しわすの雨に合羽哉かっぱかな
「山道を登りながら、こう考えた。」
小説「草枕」の一節をつぶやきながら、ひんやりとした風を受けて石畳の旧道を歩くと、まさに漱石になった気分になります。

これまた、「草枕」の一節です。
「おい」と声をけたが返事がない。
軒下(のきした)から奥を(のぞ)くとすすけた障子が立て切ってある。向こう側は見えない。五六足の草鞋わらじが寂しそうにひさしからつるされて、屈託気くったくげにふらりふらりとれる。下に駄菓子だがしの箱が三つばかり並んで、そばに五厘銭ごりんせん文久銭ぶんきゅうせんが散らばっている。
その峠の茶屋(野出)までは、この坂道を登ります。
峠の茶屋跡の石碑と「天草の・・・」の句碑,クリックすると案内板が 峠の茶屋跡(野出越え)
漱石が島崎(熊本市)から小天温泉(玉名市天水町)まで峠を越えて歩いた当時は、熊本市河内町の鳥越(とりごえ)と野出(のいで)の2カ所に茶屋があったようです。作品の舞台となったのは、この野出といわれています。しかし、もう茶屋はなく、駐車場と展望台、自然の景色と句碑があるだけ。「天草の後ろに寒き入り日かな」の句そのままの絶景です。
クリックすると峠の茶屋の案内板が この付近から眺める景色が抜群です。東に阿蘇・西に雲仙・南に金峰山。有明の海が金色に光り、天草の島々に沈む夕陽・・・。四季それぞれの景色を見せてくれます。秋はまた、山頂から海岸まで一面に広がるミカン畑のオレンジ色の果実が実に印象的。(左の写真の山は金峰山)漱石も、草枕の旅で「降りやんで蜜柑みかんまだらに雪の船」と正岡子規に送っています。
前田家別邸 漱石館(那古井の宿)
小天温泉、漱石が明治30年の大晦日から数日の間滞在した部屋。その一室は当時のままに保存されているとのこと。ここは、当時の前田案山子(衆議院議員・自由民権運動家)の別邸とのこと。草枕で登場する「志保田家のヒゲの隠居」が案山子自身で、次女のつながヒロイン那美のモデルとのことです。
前田家別邸と句碑 漱石館の庭にある句碑に
かんてらや師走しわすの宿に寝つかれず
ほかにも「温泉や水滑かに去年こぞあか
漱石の俳句は、滑稽さの中にも人間味あふれる世界が表現されています。ハイキングの後、温泉でくつろぐのもいいもんです。温泉旅館「奈古井館」や丘の上にも「草枕温泉」という温泉センターが。(大人500円)
県道1号線沿いの句碑 降りやんで蜜柑みかんまだらに雪の船
金峰山裏手に続くみかん畑を通って小天へ通じる県道1号線沿いにある句碑。旧県道1号線は海岸沿いで現在の国道501号線、草枕散歩道近くの見晴らし抜群の高台を通るのが新しい県道1号線。
 草枕温泉と前田家別邸の中間地点(400mほど)に草枕交流館(TEL0968-82-4511)があります。漱石や草枕,前田家に関する資料の展示やビデオ上映や詳しい説明も,入館料は無料です。
 熊本市内からは,交通センターからバスで「荒尾橋」か「岳林寺」または「峠の茶屋」まで行って「小天温泉」までのハイキングはいかがですか。草枕温泉や奈古井館に宿泊するも,時間がなければ漱石とは違って帰りはバスということでも。帰りにバスを利用するのなら半日コースです。

<制作>熊本国府高等学校パソコン同好会


夏目漱石へ 熊本文学散歩へ