吉丸先生、熊本を撮る!

長年本校で教鞭をとられ、陸上競技やソフトボールでたくさんの選手を育てられました
そして今、80歳を過ぎてからは陶芸や写真にも挑戦されておられます!
 


熊本城

熊本城(別名:銀杏城)

手前が国宝「宇土櫓」で、後ろに見えるが
大天守(一の天守)と小天守(二の天守)で
天守閣の中は博物館の分館となっており
各種の歴史資料が展示されています。

熊本城

 別名銀杏(ぎんなん)城と呼ばれて親しまれている。加藤清正が慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの後、7年の歳月をかけて同12年(1607年)に完成。東西1.6km、南北1.2km、周囲5.3km、城域76万平方メートル。堀や幾層もの石垣をめぐらした堅固な構造は戦国武将清正の実践体験から生み出されたものだということです。この城を完成させた後、清正は「隈本」というそれまでの地名を「熊本」と改めたといわれています。


熊本城の特徴は何と言っても石垣である。そそり立つ石垣は
「武者返し」と呼ばれる独特の曲線美であり、見飽きることはない。

登れば登るほど、急勾配となる石垣、これを登ることなど絶対に不可能。
それを示すのが、築城以来ただ一度も落城したことがないのです。
場内をおおう大楠も熊本城の魅力のひとつで、
特に5月の新緑の時期は眼に痛いほどの鮮やかさです。
一度お出でください。
 
 

加藤清正(かとうきよまさ)

 今なお、「せいしょこ(清正公)さん」と呼ばれて親しまれている加藤清正は、永禄五年(1562年)尾張国中村村(現名古屋市)に生まれ、同郷の豊臣秀吉に仕えた戦国武将だが、土木・治水工事や新田造成などを手がけ、土木の神様といわれております。400年近く経った現在でも、彼が作った堤防や井手が立派にその機能を保っています。
 

スキャナー技術が未熟なため、写真の画質が悪くなったことをお断りいたします。(PC同好会)


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