江津湖の蘚苔(せんたい)類 |
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はじめに |
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湧水湖で知られている江津湖は、植物・昆虫・鳥類・魚類等各方面から調査が進められている。
江津湖は水前寺公園から流れを発し、藻器堀川と、カッパ堀が合流し料亭東浜屋横の加勢橋の下を潜り、さらに右岸から長溝堀と合流してかなりの生活排水が加わりながら上江津湖に注ぐ。上江津湖には芭蕉苑料亭湖月跡から、下流左岸の松島あたりまで自然の残った湧水地帯がある。江津斎藤橋上流右岸からは、生活排水を含んだ無田川が、左岸から健軍川が合流し、さらに下流の江津橋までは川幅もせまく、江図橋を潜りまもなく左岸より荘口川が合流して下江津湖が広がる(図1)。数年前から江津湖を中心とした、ごく周辺の土手、堤防から湖水にかけて調査した者でので主なものを取り上げてみた。
蘚 類 |
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蘚類は主に江津湖に多く、芭蕉苑から料亭湖月跡を通り野鳥の森あたりは、竹林と大きな樹木が茂り周辺は湧水地帯である。上江津湖の左岸部の歩道、人家の石垣、コンクリート塀等には、ハマギゴケ、ネジグチゴケ、ナガサキハリガネゴケ等が見かけられる。また湖面から歩道にかけての日当たりのよい石垣には、ノミハニワゴケ、ヒロハツヤゴケ等が見られる。
水中にみられるコケとしては、ツキナギゴケ(アオハイゴケ)、タニゴケ、ヤナギゴケ、ホゴケ等がある。
ツナギゴケやタニゴケは流れの速い水中の大石や石垣等に群落を作っている。
ヤナギゴケは芭蕉苑横の湧水地帯に群落をつくっていたが今は少なくなっている。それに反してこの夏野鳥の森とプールとの間の湧水地帯に、昨年までは一箇所も認められなかった。ヤナギゴケが、砂質と小石からなる水深40〜50cmの日当たりの良い平らな水底一面に広くジュウタンを広げた様な大きな群落をつくった。なぜ僅かな時間にこの様に一面に広がったのかその原因はまだ著者には分からない。芭蕉苑との距離は200〜300m程離れているだけ、共に湧水地帯に変わりなく同じと思うのだが、蘚類の環境の微妙さに驚く。水中と水面上、また流水と池状の水の流れない環境の違いにより、一見異なった種類の様に見える場合がある。
実際に流水中のヤナギゴケを水槽に入れ様子を観察するとぐんずりしていたものが糸状に長く伸び全然別種のように見えるようになる。
同様にツキナギゴケも水中と水辺上での形態が異なって別種の様に見える。この様に環境の違いにより形態が外見上異なっていることは、興味深いところである。
料亭湖月跡の樹木が茂り日当たりの悪い湧水地帯の一角に、コンクリートで作られた堰に水面から水中にかけてホゴケを見つけた。このコケは山地で、渓流沿いの湿った岩石腐木の上等に平らなマットをつくっているとされているが、これが江津湖の様な場所にみられるのは珍しいことである。
一方、中性の蘚類は汚れた下江津湖一帯には殆ど見られない。しかし護岸工事前は、下江津湖の上無田水神より約60〜70m下流の右岸石垣に点々と水面から水中にかけてホゴケの群落があったが、汚れた環境にもかかわらず、この種のコケが認められたのは石垣近くに局部的にゆうすい湧水地帯があったからではないかと推測される。しかし、工事後は埋め立てられて、見ることが出来なくなった。広木竜の鼻近くの水田から下江津湖に流れる比較的きれいな湧水の用水路にサワゴケの群落があり、また用水路脇の農道縁にアゼゴケを見た。
苔 類 |
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苔類は、上江津湖の芭蕉苑周辺から野鳥に森にかけて、ゼニゴケ、ホソバミズゼニゴケ、フジウロコゴケ等が認められた。
さらに堤防ぞいの榎等の樹幹にフルノコゴケ、カラヤスデゴケ、等がみられる。
一方下江津湖では、ウキゴケがわずかに認められた。
まだ調査不十分であるが、一応採集確認された蘚苔類の目録は次の通りである。学名、和名は服部新佐らの図鑑(1)と野口彰の日本産蘚概説(2)、蘚苔の配列は、野口彰のList(3)に従った。
最後に熊本大学名誉教授・野口彰博士に、比の度の蘚類の同定を目録の作成に至るまで懇切丁寧なご指導を頂きました。厚く御礼申し上げます。
蘚 類 |
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FISSIDENTACEAE | ホウオウゴケ科 | |
Fissienns Hedw. | ホウオウゴケ属 | |
F.adelphinus Besch. | コホウオウゴケ | 1 湿った土手 2 日本全土 3 普 通 |
F.tosaensis Broth | チャボホウオウゴケ | 1 石垣の間 2 日本全土 3 普 通 |
POTTIACEAE | センボンゴケ科 | |
Hyophila Brid | ハマギゴケ属 | |
H.propagulifera Broth | ハマギゴケ | 1 コンクリート 2 日本特産 3 普 通 |
Barbula Hedw. | ネジグチゴケ属 | |
B.unguiculata Hedw. | ネジグチゴケ | 1 コンクリート 2 広く北半球 3 普 通 (日本全土) |
ERPODIACEAE | ヒナニハイゴケ科 | |
Aulacopilum Wils. | ヒメワシゴケ属 | |
A.japonicum Broth.ex Card. | ヒメワシゴケ | 1 樹皮上 2 関東以外 3 普 通 |
FUNARIACEAE | ヒョウタンゴケ科 | |
Physcomitrium Brid | ツリガネゴケ属 | |
P. eurystomum Sendt | ヒログチゴケ | 1 土 手 2 北半球 3 普 通 |
P. sphaericum(Ludy.)Fuernr. | アゼゴケ | 1 広木畑畔 2 北半球 3 普 通 |
BRYACEAE | カサゴケ科 | |
Epipterygium Lindb. | アカスジゴケ属 | |
E.tizeri(Grev)Lindb | アカスジゴケ | 1 土 手 2 日本南部地方 3 普 通 |
Bryum Hedw | ハリガネゴケ属 | |
B.argenteum Hedw | ギンゴケ | 1 石 垣 2 全世界 3 普 通 |
B.caespiticium Hedw | ホソハリガネゴケ | 1 コンクリート 2 北半球 3 やや稀 |
B.capillare Hedw. var.riubrolimbatum(Broth)Bartr. |
ナガサキハリガネゴケ | 1 土 手 2 日本全 3 普 通 |
B.cyclophyllum(Schwaegr.)B.S.G. | ハラナゴケ | 1 水べの石垣 2 北半球 3 やや普通 |
BARTRAMIACEEAE | タマゴケ科 | |
Philonotis Brid | サワゴケ属 | |
P.falcata Mitt | カマサワゴケ | 1 水溝(湿地) 2 東 洋 3 普 通 |
P.fontana(Hedw.)Brid | サワゴケ | 1 水溝(湿地) 2 北半球 3 普 通 |
RHACOPILACEAE | シバゴケ科 | |
Rhacopiulum P.Beauv | シバゴケ属 | |
R.aristatum Mitt | ホゴケ | 1 水中〜水面コンクリート 2 中部以西 3 やや稀 |
FABRONIACEAE | コゴメゴケ科 | |
Fabronia Radd. | コゴメゴケ属 | |
F.matsumurae Besch | ゴメゴケ | 1 樹 皮 2 関東以西 3 普 通 |
THUIDIACEA | E シノブゴケ科 | |
Herpetineuron(C.Muell.)Card | ラセンゴケ属 | |
H.toccoae(Sull.etLesq.)Card. | ラセンゴケ | 1 宅地跡 2 本州〜九州 3 普 通 |
Claopodium(Lesq.esJames.)Ren.et Card | ハリゴケ属 | |
C.aciculum(Broth.) | ハリゴケ | 1 水辺の土手 2 本・四・九・流 3 普 通 東南アジア |
Haplocladium(C.Muell.)Broth. | バノキヌゴケギクゴケ属 | |
H.angustifolium(Hampe et C.Muell) | ノミハニワゴケ | 1 石垣水面上 2 全世界 3 普 通 |
H.microphyllum(Hedw.)Broth. | コメバキヌゴケ | 1 石 垣 2 全世界 3 普 通 |
AMBLYSTEGIACEAE | ヤナギゴケ科 | |
AmblystegiumB.S.G. | ヒメヤニギゴケ属 | |
A.riparium(Hedw.)B.S.G. | ヤナギゴケ | 1 水 中 2 北半球 3 普 通 |
BRACHYTHECIACEAE | アオギヌゴケ科 | |
Bractythecium B.S.C. | アオギヌゴケ属 | |
B.buchananii(Hook)Jacg. | ナガヒツジゴケ | 1 土 手 2 アジア南部 3 普 通 |
B.plumosum(Hedw.)B.S.G. | ハネヒツジゴケ | 1 土 手 2 北半球 3 普 通 |
B.rivulare B.S.G. | タニゴケ | 1 水中石 2 北半球 3 普 通 |
Eurhynchium B.S.G. | キブリナギゴケ属 | |
E.hians(Hedw)Lac. | ツクシナギゴケモドキ | 1 水湿石垣 2 北半球 3 普 通 |
E.riparioides(Hedw)Richards. | ツキナギゴケ (アオハイゴケ) |
1 水中石 2 日本全土 3 普 通 |
E.savatieri Schimp ex Besch. | ヒメナギゴケ | 1 水湿石垣 2 日本特産 3 普 通 |
ENTODONTACEAE | ツヤゴケ科 | |
Entodon C.Muell. | ツヤゴケ属 | |
E.challengei(Par)Card. | ヒロツヤゴケ | 1 石 垣 2 北半球 3 普 通 |
PLAGIOTHECIACEAE | サナダゴケ科 | |
Taxiphyllum Fleisch. | キャハラゴケ属 | |
T.alternans(Card)Iwats. | 1 畑 土 2 北半球 3 普 通 | |
T.TAXIRAMEUM(Mitt)Fleich. | キャハラゴケ | 1 湿土手 2 日本全土 3 普 通 |
SEMATOPHYLLACEAE | ハシボソゴケ科 | |
Brotherella Loeske et Fleisch. | カガミゴケ属 | |
B.yokohamae(Broth)Broth. | ケカガミゴケ | 1 樹 皮 2 日本全土 3 普 通 |
苔 類 |
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LOPHOCOLEACEAE | ウロコゴケ科 | |
Chiloscyphus Corda. | フジウロコゴケ属 | |
C.polyanthus(L.)Corda. | フジウロコゴケ | 1 流水中 2 北半球 3 普 通 |
FRULLANIACEAE | ヤスデゴケ科 | |
Frullania Raddi | ヤスデゴケ属 | |
F.muscicola Steph. | カラヤスデゴケ | 1 樹 皮 2 日本全土 3 普 通 |
LEJEUNEACEAE | クサリゴケ科 | |
Trocholejeunea Verd. | フルノゴケ属 | |
T.sandvicensis(Goot)Mizt. | フルノゴケ | 1 樹 皮 2 日本全土 3 普 通 |
DILAENACEAE ミズ | ゼニゴケ科 | |
Pella Raddi. | ミズゼニゴケ属 | |
P.endiviaefolia(Dicks)Dum. | ホソバミズゼニゴケ | 1 多湿岩陰 2 日本全土 3 普 通 |
CONOCEPHALACEAE | ジャゴケ科 | |
Conoceohalum Weber. | ジャゴケ属 | |
C.supradecomposium(Lindb)Steph. | ヒメジャゴケ | 1 湿土上 2 日本全土 3 普 通 |
MARCHANTIACEAE | ゼニゴケ科 | |
Marchantia L. |
ゼニゴケ属 | |
M.tosana L. | ゼニゴケ | 1 湿土上 2 日本全土 3 普 通 |
M.tosana Steph. | トサノゼニゴケ | 1 湿土上 2 千葉以南 3 普 通 |
RICCIACEAE | ウキゴケ科 | |
Riccia L. | ウキゴケ属 | |
R fluitan L. | ウキゴケ | 1 水 上 2 日本全土 3 普 通 |
※注: 1 江津湖の採集場所 2 分布地域 3 分布量
(引用文献) |
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以上、馬場先生の許可をいただき、1987年「江津湖研究会会誌第2号」に掲載されていた先生のご研究の一部をWeb化して発信したのが1995年秋、その後何度か入力ミスの訂正やレイアウト等を更新しています。
製作:熊本国府高等学校PC同好会(最終更新:2004/03/09)