第11号 2002年11月6日(水)発行 文責:鳴海秀人

授業は、漢の時代にはいりました!
 二学期の中間テストが終わったところで、授業は中国の漢王朝にはいりました。
 中国史上初の統一国家を樹立したのは秦ですが、秦はわずか15年で崩壊してしまい、真の意味での中国の基礎が確立したのは400年間続いた漢王朝の時代といえます。現在に至る中国民族を漢民族と称するのもそのためでしょう。「漢字」とか「漢文」などの基本もこの時代に確立しています。
 漢民族の国家ができたことで、自民族の輝かしい歴史を残しておこうという気運も高まったのか、司馬遷の『史記』や、班固の『漢書』などの歴史書が書かれたのもこの時代でした。

中国のヘロドトス=司馬遷 の生き方
 先日の授業で、司馬遷について学習し、その感想を書いてもらいました。

  1.  司馬遷にとって、『史記』とは…
     司馬遷は、友人の李陵を弁護したせいで、武帝を怒らせてしまい、死刑を宣告されたが、重臣たちが司馬遷はすごい人だと思っていたのか、とりなしたので、皇帝も思い直し、宮刑とした。しかし、それは死刑よりつらいもので、それでも司馬遷は『史記』を書き上げるために、その刑を受け入れた。私はすごいと思った。
     それほど、司馬遷にとって『史記』は重要なものだったのだと感じた。
  2.  司馬遷はスゴイ !!
     司馬遷は、父親が書こうとしていた『史記』を、いろいろと苦労しただろうと思うけど、全130巻も書き上げてすごいと思った。そして、全国を歩き回ったというのにもビックリしました。それから当時の書物は、竹や木に書かないといけなかったので、それもまた大変だっただろうなぁと思った。
  3.  司馬遷はすごい人だと思った。宮刑は大変だと思う。というか、痛そう。中国の歴史書を書き上げることに命をかけたところは、かっこいいと思いました。
  4. 武帝は、本当 嫌なヤツ!!
     司馬遷は悪いことやってないのに。司馬遷は、天才。木に書くのは、すごく大変で難しいとは思うけど、それを130巻も書くなんて。しかも覚えてるって事は、記憶力の良すぎ。
     日本はやっぱり中国の影響を受けているんだな〜と改めて思った。日本では、「冊」とか「巻」とか普通に使ってるけど、もともと中国で、竹や木をつなぎ合わせた形を字にしたものが「冊」で、丸めたものが「巻」なんて、なるほどと思った。
  5. その精神力は、半端じゃない!
     司馬遷が何年もかかって130巻にもいたる書物を完成させたことは、奇跡に近いのではないかと思いました。今の時代、こんな風に手書きで130巻もかける人は誰一人としていないと思います。それをいろんな困難にも耐え抜き、最後まで書き上げたその精神力は、半端ではないと思います。私もこんなに強い精神力を身につけたいです。
  6.  紙がなくても工夫して書いてて、すごいですね。
  7.  司馬遷は、すごいなと思いました。2100年前だけど、歴史がよくわかるのは、この人のおかげだと思いました。
  8.  一巻の「巻」の由来を初めて知りました。あと、昔の書物は紙がなかったので、竹で作った簡、木で代用した木簡に書いていたのにはビックリした。
  9.  司馬遷は宮刑を受けてまで、歴史書を書いたのがすごいと思った。紙がない時代で大変だと思った。
  10. 司馬遷は、記憶力No.1!
     男にしてみたら、屈辱的なことですね。でも、司馬遷は史記を書き上げた。すばらしい!父親の無念をはらすために必死になって書き上げた『史記』。それはとてもすばらしい書物だったでしょう。私も見てみたかった。司馬遷が今の世の中にいたら、相当頭のいい人で有名になってそう。記憶力No.1とか。
  11.  130巻も一人で書いたのですごいと思った。本の一冊の「冊」が、ここからきているということを初めて知った。
  12.  そこまでして『史記』を完成させる姿勢は、すごいものであり、宮刑を受けてまでも頑張ることが素晴らしいと思った。
  13. 司馬遷さんへ
     あなたの話を聞き、とても驚きました。『史記』を130巻も書いたのは、すごいですね。司馬遷さんのことは、たぶん一生忘れません。お元気で。
  14.  司馬遷は、木とか竹に書物を書いていたということを聞いて、びっくりした。
  15.  司馬遷は、痛い思いをしてまで、史記を書いたので相当『史記』という書物を伝えたかったのだろうなと思います。根気強い人だと思いました。
  16.  司馬遷って人は、すごいと思った。李陵を一人で弁護して、それなのに、武帝は李陵を弁護しただけで怒って宮刑に処するなんてひどい人だと思った。
 今私は、パソコンで字を打って紙に印刷します。 しかも同じものを何枚も印刷して、みなさんに配ります。紙のなかった時代に、よくぞ52万6500字にもおよぶ膨大な歴史書を書いたものだと思います。
 それにしても、司馬遷という人は余程正義感の強い人だったのでしょうね。たった一人でも、李陵を弁護したのですから。司馬遷の生き方に学ぶことは多いようです。(終)  

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